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大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)2358号 決定

申請人

圓山英夫

外一一三名

右申請人ら代理人

桐山剛

岩田研二郎

被申請人

神本組興業こと

神本信潤

右代理人

山本寅之助

芝康司

森本輝男

藤井勲

山本彼一郎

泉薫

太田真美

主文

一  申請人番号1ないし74、78ないし104の申請人らにおいて共同して金一〇〇万円の保証を立てることを条件として、

被申請人は、昭和六〇年一〇月一五日まで別紙物件目録記載の土地上に建築中の建物の建築工事を中止し続行してはならない。

二  申請人番号75ないし77、105ないし114の申請人らの申請及びその余の申請人らのその余の申請を却下する。

三  申請費用は、申請人番号75ないし77、105ないし114の申請人らと被申請人間においては全部右申請人らの負担とし、その余の申請人らと被申請人間においてはこれを三分し、その二を申請人らの、その一を被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

申請人らは別紙念書(疎甲第一号証)及び人格権に基づき「被申請人は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)上に、労務者用宿舎を建築してはならない。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人は「本件申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一申請人らは、本件土地上に建築中の建物の付近の住民であり、念書及び人格権に基づきその建築差止を主張しているのであるから、その申請の当否は被保全権利の問題であり、当事者適格は肯定できる。

二本件疎明によれば以下の事実が疎明される。

1  当事者

申請人らは、いずれも大阪市浪速区久保吉一丁目、同二丁目、芦原一丁目、同二丁目等当事者目録記載の肩書地に居住する者で、「久保吉、芦原環境を守る会」の会員である。

被申請人は、神本組興業の商号で建設工事請負業を営み、大阪市大正区三軒家及び同市浪速区久保吉二丁目(大浪寮)において、作業用宿舎を設けているが、本件土地上に、山本建設株式会社(以下「申請外会社」という)に請負わせて鉄骨造五階建の事務所及び寮(以下「本件建物」という)を建設中であり、現在鉄骨の組立中である。

2  現在までの本件建物をめぐる交渉の経過は略概次のとおりである。

四月五日  被申請人側が久保吉振興会長(右会は久保吉一丁目の約半分の世帯が任意に加入している町会である)らに本件建物建築のための説明会を行う。

四月一〇日  被申請人側が地鎮祭を行う。

四月一一日  本件建物の建築問題については、久保吉・芦原らの町会の住民が「環境を守る会」を結成し反対運動に立ち上がることとなり、趣意書(疎甲第二二号証)が作成され、右会の世話人代表には久保吉振興会長の安田氏が就任し、翌一二日住民集会が開催され反対運動に立ち上がることを確認した。

四月一五日  申請外会社が重機を搬入しようとするも住民らに阻止される。

四月一六日  久保吉一丁目の住民のほか芦原、立葉、桜川、木津川(久保吉二丁目)の住民が集会し、被申請人側と交渉した。右交渉はまず住民側が前記趣意書(疎甲第二二号証)を読みあげた後、本件建物の規模や現在ある大浪寮に関する質問があった後、出席者から「工事は住民の合意が得られるまで待つてもらえるか。」との発言に対し、被申請人ができると答え、更に出席者から「一筆書いてほしい。」との声があがり、出席者の中にいた弁護士が草案を作り、申請外会社の代表者が別紙念書(以下「本件念書」という)を作成し、同人と被申請人が拇印を押した。そして集会で問題となつた点につき後日被申請人側が回答書を出すことになつた。

四月二四日  被申請人は四月一六日に問題となつた点について回答をなした(疎甲第二号証の一、二)。

四月二五日  住民側は住民集会を開催し、被申請人からの回答を検討したが、その結果まず大浪寮の実績をつくり住民に対する信頼をとりもどすまでは建設に反対である旨確認した。

五月三日  被申請人側から安田氏に一か月経過したから工事をする旨申入があつた。

五月四日  右申入に対し対策を協議し、久保吉一丁目及び芦原二丁目を対象にアンケートをとり住民の意思を再確認することとし、五月七日の集約結果は建設反対一〇二名、条件付二八名であつた。

五月一〇日  被申請人側から来週から着工する旨の連絡があつた。

五月一二日  住民集会が開かれ対策を協議したが、安田氏が被申請人と単独で交渉したことをめぐり紛糾し、同氏が辞意を表明する場面もあつた。

五月一五日  前日の役員会で再任されたと主張する安田氏が住民集会で本件建物の建築問題を会長一任とする案を提案したが否決された。

五月一七日  申請外会社が重機を搬入する。

五月二五日ころ  申請外会社が本格的に工事を始める。

六月七日  申請人らが本件仮処分申請をなす。

前同日  安田氏は「久保吉、芦原環境を守る会」とは無関係である旨被申請人に連絡している。

被申請人は、工事着行後「守る会」とは交渉していないが、安田氏らとは交渉を続けている。

3  申請人らの居住する浪速区は南に西成区、西に大正区と接しており、久保吉町は浪速区の南西に位置する準工業地域であり、久保吉二丁目には被申請人の寮、大浪寮がある。

4  労務者の中には飲酒して路上や公園に昼間から寝ている者や、仲間どうしの争いから喧嘩をしたり、店頭の売品を持ち去つたり、あるいは住民に小づかいをせびつたり、路上で放尿したり、路上の子供や女性を追いかけたりする者や、寮の窓から灰皿の吸いがらを外に捨てたりする者もいる。

三本件念書に基づく請求につき判断する。

本件念書は宛名が「久保吉町会長」宛(久保吉振興会長のこと)になっているが、右念書のコピーが安田氏の発案で久保吉一丁目、同二丁目、芦原二丁目の住民に配布され、集会に右住民も参加していることを考えると、右三町内の住民に対して約したものと認めるのが相当である。ところで、右念書の趣旨は前日の工事着工、実力阻止といつた当時の緊迫した状況を一時的に凍結し、冷却期間をおき住民の不安を解消しようとする暫定的性格を有するものにすぎないものであつて、久保吉一丁目の住民の合意が得られた場合はもちろん、冷却期間として相当な期間経過後はその効力を失うものと解するのが相当である。ただし、右念書の意味を合意が得られるまで永久に着工できないと解釈することも、また逆に合意ができる見込がなくなつた時には着工できると解釈することも当事者の意思に反すると考えられるからである。なお、被申請人は念書は住民の意思が町会により統一されていることを前提としていると主張するが、かかる前提を認めるに足りる疎明はない(もつとも、住民の意思が統一されていることが望ましいことであり、本件紛争解決のために住民側が解決しておくべきことである)。

そして、本件において久保吉一丁目の住民の合意が得られていないことが疎明されている。そこで、相当期間について考えるに、被申請人は一週間ないし一〇日ほどで合意が得られると考えており、実際には四〇日間着工を延期しているが、前記認定の経過に照らすと右期間はやや短かいものと考えられ、半年程度、すなわち昭和六〇年一〇月一五日まで着工を控えるのが相当である。

四人格権に基づく請求につき判断する。

申請人らは本件建物の建築そのものの差止を求めているが、右差止が認められるためには諸般の事情を考慮して本件建物の建築行為が違法性をおびていることを要する。そして、本件においては、本件建物の建築、居住者の管理、居住者の本件建物外での行動、申請人らの住居外での生活といつた種々の要因がからんでくるところ、被申請人が自己所有の土地上に建物を建築し、利用することは原則として許されていること(被申請人の本件建物の利用方法が違法であることを認めるに足りる疎明はない)、申請人らの被害はむしろ地域環境の悪化であり、右地域は準工業地域であり、現に被申請人の本件建物と同様の大浪寮があること、住民に、本件建物に居住することになる労務者により前記二、4のような被害が起こる可能性は否定しがたいものの、右被害そのものは本件建物から直接もたらされるものではなく、また、その居住者にしても皆が皆右のような問題行動を起こすものではないこと、被申請人において前記被害に対処するために対策として、被申請人自から同居し、各階に監理責任者をおく、宿舎南側を通行路とし、それ以外は通行しない、通学時間帯は従業員が責任をもつて事故防止にあたる、定例会に参加し指摘があれば善処する、町内の定期清掃に進んで参加することを町会に申入れていること(疎乙第三号証の二、疎甲第二号証の一)を考えあわせると、本件建物の建築行為自体の差止を認めるほどの違法性を認めることはむつかしく、他にこれをうかがわせるような事情はみあたらない。

五本件疎明によれば保全の必要性が認められる。

六してみると、本件申請は昭和六〇年一〇月一五日まで本件土地上に建築中の建物の建築を差止めることを求める限度で理由があるからこれを認容し、右期間後の差止については被保全権利の疎明はなく、保証でかえさせることも相当でないのでこれを却下することとし、申請費用につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官徳永幸藏)

念   書

久保吉町会長殿

本件工事現場(神本組寮新築工事)に於ける工事着工は、久保吉地区住民の合意の得られる迄着手しない事を確約する(本日の要望事項)

工事現場所在地

大阪市浪速区久保吉一丁目一番二八号

施  主

大阪市大正区三軒家西三丁目四―一六 神 本 信 潤

保障人

大阪市大正区南恩加島一―一三―二一 山 本 英 都

物件目録〈省略〉

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